藍染とは

15 8月 by hadmin

藍染とは

江戸っ子に親しまれたジャパン・ブルーの歴史と現在

日本人の生活に深く根付いてきた「藍染(あいぞめ)」。

武士の時代には「縁起の良い色」として好まれ、明治には海外から「ジャパン・ブルー」と称えられた、日本を象徴する色でした。

今日は、そんな藍染の歴史と魅力を追ってみます。

藍染とは。「ジャパン・ブルー」は日本の染色文化の象徴であった

藍染とは植物染料「藍」を用いた染色技法。また、染められた布地そのものを藍染と呼ぶこともある。用いる植物は日本で主流のタデアイのほか、沖縄の琉球藍、インドではマメ科の木藍など、地域によっても異なる。これらから抽出される「インジゴチン」という色素を持つ染料を総称して「藍」と呼ぶ。

藍の葉
藍の葉

藍の色素は不溶性(液体に溶けない、または溶けずらい)のため、他の染料植物と同じように煮ても色素は取り出せない。そこで、藍を甕(かめ)に入れて発酵させたり、還元剤(酸化物から酸素を取りだす薬剤)を用いたりして藍液をつくる。この作業を「建てる」という。こうしてできた藍液に糸や生地を浸し、その後、空気にさらすと直後は黄土色となり、徐々に酸化して青に発色していく。

水洗いと空気に触れる工程を繰り返すと美しい藍色が現れる
染めた糸に水洗いと空気に触れる工程を繰り返していくと美しい藍色が現れる

この作業を繰り返すと青に濃淡が生まれる。

藍染といえばこの人。独自の絞り染を確立した片野元彦さん

片野元彦と片野かほり
編集作業をする元彦とかほり 1971年(藤本巧撮影、写真提供:工房草土社)

合成染料や海外産の安価な藍の台頭により、国産の藍は激減してきた。そのため、伝統的な藍染は「本藍染」や「正藍染」、「天然藍」などと区別して呼ばれるが、中でも天然藍を生かして独自の絞り染を確立したのが、染色家の片野元彦だ。

もとは洋画家を目指していた片野氏であったが、師事していた画家の岸田劉生が30歳の頃に急死すると、染物に専念しだす。その後、57歳から藍染を始めると、染色家の芹沢銈介のもとで技術を学び、亡くなる76歳まで染色家として活動した。

藍染 絞り染 片野元彦
木綿地藍染竜巻絞広巾 1950-60年代前半

そんな片野氏が生み出したのが「片野絞」。

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